サイト・サカモトからのメール

 ミュージシャンの坂本龍一氏が7月にがんの闘病治療をするために芸術活動の休止をアナウンスした。彼のサイトから闘病治療中の坂本氏から現在の状況についてのメールが届く。一昔前のファンクラブの会報のようでアットホームで落ち着いた雰囲気が嬉しい。ネットに本来期待された使用方法であろう。逆にいうと現在のネットで見ることのできる「情報」は資本と国家に作られたものでしかない。メールでは闘病のためにコンサートをキャンセルせざるをえなかったことへの謝罪と、スペシャルゲストや共演者への感謝の言葉がつづられている。それにしても坂本龍一氏の代わりで出演するのが山下洋輔氏と清水和音氏というのだから、代替出演者の豪華さには思わず笑ってしまう。また、ラジオでおなじみの渡辺真理氏がボランティアで司会を勤めてくれていたというのだから、坂本氏の華麗な交遊関係を改めて実感する。
 浅田彰氏が不整脈で倒れたかと思ったら坂本氏がガン治療を公表する。柄谷行人氏も若くないという年齢ではない(にも関わらずいつまでも若いイメージがあるのだが)。私淑している巨匠に甘えずに私自身が「襞に重ねて襞を」作らねばならない時になったのだ。かつては「有名人なにするものぞ!」と思っていたのが、一旦英雄性を認めてしまうと依存が生まれてしまうのは困ったことだ。うまくいくかどうかに関わらず、私自身が切片にならなければならない。ハードルは山のようにあるが、その緊張から孤立することはできず、ボックスしなければならない。


https://www.youtube.com/watch?v=J9bA34-mR1A

https://www.youtube.com/watch?v=Szr0TSXcWok

 後者は主旋律を前者から拝借している。坂本、細野はゲームミュージック関係者にとって文字通り創造神であるが、音楽的教養に差があるために抑圧が生じ、コンポーザーが直接彼らに言及することはそれほどない。二人がジャンルの間接、直接の創造者であることは当然の前提であると同時に「崇高さの麻酔作用」によって言及が差し止められるのだ。幼児化が止めどなく進むネット化された現代社会において、これは必ずしも悪いことではない。直接の言及が阻害されることが創造性を生むからだ。後掲のバトルガレッガの1st.stageBGMは1996年の作品だが、坂本、細野を水脈とするゲームミュージックのそれなりの達成に思える。

 このバトルガレッガは一風変わったゲームシステムを採用しており、プレイヤーがゲーム内で卓越性を示せば示すほど難易度が青天井で上昇する。そのため、ルールに則って卓越性を「示しすぎる」とゲーム続行が不可能なほどに難易度が上がり、結果的にゲームオーバーになる。そこで、「オールステージクリアー」するために、プレイヤーには二つの選択が迫られる。1、殆どゲームをしないことで難易度を上げずにステージを進める(ロー・スコア・ゲーム)。2、難易度が上昇してきたところで適宜に「自爆」して難易度を下げてゲームを続ける(ハイ・スコア・ゲーム)。
 昔から私はこれを資本主義に応用できないかと考えている。市場に適応しすぎるとかえって会社存続が不可能になり、適宜に解散を繰り返さないと拡大再生産が挫折するようなプログラムを組めるのではないか?独占企業に貸し付け、投資すれば必ず儲かるという状態が資本の一極集中を生む。それが世界を帝国主義戦争へと突き進ませる。だとしたら、何らかの条件を満たした「儲けすぎ」の企業は活動の難易度が鬼のように上がるようにして適宜に解散しなければ活動できないようにするのだ。現在もてはやされている情報、金融資本主義の英雄的企業の財産を全地球上の人々に分配するだけでどれだけの矛盾が解決できるかわからないということはつとにいわれていることだ。

 実は、このアイデアは資本主義を「終わらせる」アイデアにはならない。なぜなら、プログラムが「自爆」を半ば強制していることを発見したプレイヤーはそのことをゲームプレイに反映させることで「臨死」のような荒技を発見し、また、かえってハイスコアが飛躍的に伸びたからだ。ゲームに規制をかけたことがかえってゲームを爆発的に発展させたのだ。「自爆」を内面化し、それをゲームで実践することでかえってゲームプレイは神がかり的になった。だからこのアイデアベンヤミン的な神的暴力=革命=資本主義の終わりにはならない。せいぜい独占禁止法的なアイデアに止まる。つまり、批判的に見るならば搾取(ポイント獲得)の効率性の向上とその量的な拡大をも意味する。しかし、同時にそれなりに面白いアイデアだという感覚がある(というよりも、ガレッガのゲームシステムそのものが独禁法の一種の理想的な理論モデルだといえる)。

 資本主義から離れて話を坂本氏に戻すと、死を内面化し、それを生へと折り返すことは彼の芸術家としての創造性のさらなる開花を促す可能性がある。私は彼があの飄々とした顔でそのようなカムバックを果たすのではないかと期待している。今は遠くにいるファンとして坂本氏ががん治療に成功し順調に回復されることを祈りたい。彼のステージはまだ終わっていないのだから。

                                                                2014年、69回目の敗戦の日に。