2013-06-01から1ヶ月間の記事一覧

とりあえずの終わり その2

キリがないのでとりあえず終わる。またいろいろ書きたいこともあるだろうが、生活優先だ。

エゴイズムと強化人間

法律家にはある特徴がある。それは自我が異常に強いことだ。異常というのは、それが日常的コミュニケーションを拒絶する、「生と死の選択」を対話者に強要するからだ。彼らには他者や市民概念がなく、絶対に相手の話に耳を傾けない。彼らは戦士として目的遂…

帝都物語 第四番

帝国陸軍占領下の満州とGHQ統治下の日本の話。面白いのだが、読み終わってみると中身が何もないので苦笑する。それもそのはず、これは都市を主人公にした小説で、人の行動を描くものではないからだ。魔神加藤も都市のオカルティックな様相をあぶり出すレンズ…

まさかの共産党躍進

というか、勿論自民、公明が圧勝したわけだが、都議会で共産党の議席がこれほど伸びたことに人々は驚くのではないか。有権者が共産党の政策をどこまで知っていて、どこまで支持しているかは未知数だ。しかし、強烈な批判勢力がこれだけ議席を獲得したことは…

きゃりーぱみゅぱみゅとゲームミュージック

きゃりーぱみゅぱみゅの露出が増えている。まず、この完全に無国籍でナンセンスな芸名でのデヴューに喜びと反省の入り交じった複雑な感想がある。昔からこんなポスト・マイケル・ジャクソンなポップミュージシャンに登場して欲しいと思っていたが、実際に登…

若手論壇人への違和感

我々は日常生活を送る上でプライベートな細々とした問題に拘泥していて、政治、経済、社会を大きなレベルで見たり、関わったりすることができない。そのために代理人として後者に関わるのが政治家、前者に関わるのがジャーナリストや知識人だ。後者について…

コンフェデ

彼の発言を少し追ってみたが、新興宗教の教祖のようだ。軟体動物のように捉えどころがなく、矛盾が随所にある。ディシプリンがないのだ。何でもいえるがゆえに何もいっていない。要するに空っぽ。 繰り返すが、浅田氏はなぜ彼に対して両義的なスタンスなのか…

美術ペニス

http://kunstarzt.com/top/top.htm あまりのインパクトに脱力した。いや、真剣に考えるべきなのか、失笑すべきなのか、呆れるべきなのか、喝采すべきなのか、よくわからない。 このよくわからない多義性こそが狙いだろう。それにしても、破壊力あるなぁ。じ…

外山恒一

なんだかうならされた。 代表制は所詮「代表」なのだから、必ず隙間がある。その隙間の気づかれずにいるものに対し、彼は目を向ける。 人権なんていったって弁護士は権力者だ。暴力的だし、傲慢であるし、嘘をつく。こういう優しさは持てない。この道を選ん…

ガンダムシード

デスティニーは放映中は決して評判のいい作品ではなかった。描写がフェイス・トゥ・フェイスの関係性に集中し、空間的なスケールや社会性を描けなかったからだ。しかし、描写が個人的な人間関係に集中しているからこそ描けることがある。 劇中にミーア・キャ…

戦士の弊害

必要なのはコンプライアンスでもリーガルマインドでもなく好戦性である。利潤最大化ではなく、虚栄心の極大化、契約自由と過失責任ではなく、所有権絶対と信義則である。そして、好戦性を支えるのは多情である。つまり、法律家自身は法律を守らない。ただ運…

両義性

ものごとには甲乙両面があり、良い意図が悪い帰結を生むこともあれば、悪い意図が良い帰結を生むこともある。右派がリベラルに譲歩しなければならないこともあるし、リベラルがリゴリスティックな政策をしなければならないこともある。浅田氏はこの両義性に…

森本病院(サナトリウム)

結局、この曲以上のものにゲームのジャンルでは出会ってない気がする。 20世紀の最後の声の一つ。 新自由主義によって時が止まったまま...http://www.youtube.com/watch?v=voZWNatS1DE

あえての発言

今月のユーコク呆談(検索で自分のページばかりひっかかるので...)。相変わらず橋下徹氏に対しては教育的指導が続く。優しいなぁ〜。まともな批判はジャーナリズムによってなされたという判断なのだろうけど。一般的には田中氏の感想のほうが正しいだろ…

法律の勉強

法律の勉強の基本は暗記である。教員はしきりに暗記するなというが、あくまで暗記である。裏を返せば、地名と同じで一旦覚えてしまえば単にそれだけのことにすぎない。「暗記するな」とは「公理を抽出しろ」という意味ではなく、「既存の権力に忠誠を誓え」…

反省

以前、政治にホンネ・下半身を持ち込むことのダメな例としてチチョリーナ女史の名前を出したが、ふとウィキペディアで彼女のことを調べたところ、過激な人権活動家として活発に運動していることがわかった。彼女の活動に較べたら私など地蔵と同じだ。よくも…

法科大学院には、

サービスの中核であるはずの講義が存在しない。教員は科目の要点となる原理を示すことができないし、鳥瞰図も示さない。講義は概念や条文をポンと出してその内容説明を学生に求めるだけのもので、学生にものを教える意思は感じられない。早い話が、講義では…